リテラシー

教育の競争を否定する人は、教育の質を否定する人

反ハシズムの論客、内田樹氏のブログ記事です。学問の為の教育論と知識技術の為の教育論を分けずに、論じていらっしゃいます。「目的」が定まっていないから「効率」が出せないだけではないでしょうか。いつも思うんですが、生徒ではなく、教師の為の競争教…

「グレート・リセット」は、「根本病」なのか

橋下改革(ハシズム)のことを「グレート・リセット(大いなる再起動)」と呼ぶらしい。まるで、「政権交代なくして成長なし」という掛け声だけで支持を集めた民主党を思わせるような「ワンフレーズ・ポリティクス(ワンセンテンス・ポリティクス)」です。…

理想ありきで考えると「連呼リアン」に陥る

ネットの情報は結論を連呼するばかりの「連呼リアン」の巣窟だと思ってましたが、橋下市長が出演した『朝まで生テレビ!』を見て、マスコミにも多く見られることを実感しました。むしろ、自己完結的にパフォーマンスができるマスコミこそ、政策を妨害するだ…

言論人に向けられるアンチは「呪い」扱い

内田樹「呪いの時代に」 ネットで他人を誹謗中傷する人、憎悪と嫉妬を撒き散らす人・・・・・・異常なまでに攻撃的な人が増えていませんか(『現代ビジネス』) 内田樹氏がお決まりの呪詛批判をまとめて本になさったようです。ネット嫌いの方に支持されるん…

カオスの脅威ばかり煽る「コスモセントリズム」の反ハシズム

「劇化する政治過程・カオス化する社会(内田樹の研究室)」を読んだ感想です。反ハシズム陣営の人は、政治的意志で破壊しようとする部分だけに注目して、政治的に放置され破壊もしくは排除されていっている部分には無関心のようです。ネオリベラリズムの政…

辺境に潜むネット批判者による「ノイジーパフォーマンス」

先の大阪市長選挙で敗れた平松邦夫氏の大阪市長特別顧問であった内田樹氏が、辺境でネット不信を叫んでいらっしゃるようです。 「『辺境ラジオ』で話したこと(内田樹の研究室)」を読むと、いつもながらの上から目線で、若者の味方を装った偽善的批判を展開…

サイバー空間に見られる『場の臭気』

個人情報や位置情報などに囚われないサイバー空間においては、顔の表情はもちろん、参加者の立ち位置が全く伺えません。参加者の立ち位置が分からない状況で、サイバー空間にてコミュニケーションを図ろうとすると、ある種の偏見が必要になります。その偏見…

ネット時代に、教育者の独善は生き残れない

恒例にの内田樹氏の記事「教育基本条例再論(しつこいけど)【内田樹の研究室】」を扱います。ブログテーマとは離れるばかりですが、真逆の考え方だから、つい反応してしまいます(笑) メディアでも、教育基本条例の区々たる条文についての反論は詳しく紹介…

ネットで盛り上がらないテーマでデモは起こらない

ここのブログテーマとはあまり関係ないのですが、何度も取り扱ってきたのまたやります。「格差と若者の非活動性について(内田樹の研究室)」への感想です。「ここに転載して、諸賢のご叱正を乞うのである。」というフレーズどおり、、今回の内田氏の記事に…

<多数派>そのものをリスクと評する内田樹氏

情報コミュニティの分断化に続いて、「多数派であることのリスクについて(内田樹の研究室)」の記事が、ネット上の罵詈雑言と関連する問題なので、また内田樹氏の記事を扱わせていただきます。 まず、「あるべき民主主義」を提示せずに、「少数派のリスク問…

「情報リテラシー(メタ認知)」による階層化と「情報価値」によるコミュニティの分断化

先日、「ネット上の呪詛」について批判的な記事を書きましたが、その続編にあたるような記事「情報リテラシーについて(内田樹の研究室)」がありましたので触れさせてもらいます。 内容は、ネット社会における情報の広がりを『階層化』というよりはむしろ『…

『流言』を防ぐ、【言付け(付言)】と【言伝(伝言)】の峻別

『流言』が拡散しやすいのは、結論ばかりを述べる「ツイッター」「掲示板」などの短文メディアです。ブログなどの長文メディアでは、論拠や理由が述べてあることが多いので、ブログ記事自体を発信源として扱うことが可能になります。検証プロセスが確保でき…

呪詛する【言付け】コミュニケーションには価値がないのか?

はてなブックマークの人気記事にネット上の発言の劣化について (内田樹の研究室)がありました。 記事の趣旨は、匿名のネット世界だと、議論ができずに「情報の検証力」が不足するので、情報の悪い情報しか集まらないという理屈です。「情報の検証力」を低下…